廣中邦充和尚といえばノンフィクションのモモコ。葬儀に息子も参列?

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廣中邦充さんは「やんちゃ和尚」の名前で親しまれた西居院(愛知県岡崎市)の住職で、問題を抱えた子供を数多く預かり更生させてきました。

2019年には惜しまれながらもがんで命を落としてしまいましたが、「逃げるなよ~!逃げれば追われるぞ。もう一歩足を前に踏み出そう。大人も逃げれば追われるんだ。一歩、前に進もう」という廣中邦充さんの名言が心に刻み込まれた人は多いんじゃないでしょうか。

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廣中邦充の本

廣中邦充さんは生前、下記のような書籍を出版しています。

「見えない虐待」(NHK出版)
「やんちゃ和尚~399人の不良少年少女を更正させた熱血坊主」(竹書房)
「子どもは悪くない!~道に迷った子どもたちとやんちゃ和尚の心の交流」(日本標準)
「のびのび子育て」(PHP)
「どんな命も花と輝け」
「ありがとう 子どもは悪くない!―やんちゃ和尚これで子どもは救われる」
「やんちゃ和尚の「親子のルール」をつくろうよ 「わが家の絆」を結びなおすために」

『ありがとう子どもは悪くない! やんちゃ和尚これで子どもは救われる』
■内容
貧困や発達障害・ネグレクト・薬物乱用など、子ども達を取り巻く様々な問題や課題について、廣中和尚自身が西居院における子ども達との関わりのなかで出会った事例・出来事を紹介しながら、支援・解決の仕方についてまとめた一冊。

『子どもは悪くない! 道に迷った子どもたちとやんちゃ和尚の心の交流』
■内容
「やんちゃ和尚」として、問題をかかえる多くの子ども達の心と人生を救ってきた廣中和尚と様々な悩み・問題を抱える子ども達の交流の記録をつづった一冊。

昭和のお父さんらしさを感じさせる廣中和尚の様子がリアルに描かれており、子ども達との接し方をあらためて考えさせられると口コミでも高く評価されています。

廣中邦充wikiプロフィール

【先生】浄土宗 西居院 廣中邦充 住職 / やんちゃ和尚 ライフストーリーTV インタビュー

名前:廣中邦充(ひろなか くにみつ)
生年月日:1950年8月28日
享年:68歳(没・2019年4月16)
出身地:愛知県岡崎市真福寺町
最終学歴:大正大学仏教学部
職業:僧侶(浄土宗西居院21代目の住職)、教育評論家

廣中邦充さんは浄土宗西居院の跡取り息子として誕生したものの、高校まではかなり素行が乱れていたようです。

ケンカに明け暮れる日々で高校生の頃は傷害罪で逮捕されかかったこともあるほどのヤンチャぶりで、
無期停学が明けた直後に暴力事件を起こし退学が現実味を帯びていたところ、高校時代の恩師が窮地を救ってくれます。

若い男性教師が職員会議で泣きながら土下座をしてまでかばってくれただけではなく、
男性教師の家に1ヶ月もの間、住み込んで真剣に向き合ってくれることから更生。

大学に進学し無事に卒業をすると、ソニーの販売会社に営業として入社。

全国トップクラスの販売実績を残すなどの業績を揚げて独立すると、学習塾をはじめとした複数の企業を経営。

38歳には国会議員秘書となっていますが、40歳になった1990年に実の父親で20代目西居院の住職が病気で倒れることをきっかけに二十一代目住職として廣中邦充さんが就任しています。

■西居院の住所・アクセス
住所:愛知県岡崎市真福寺町西谷57
電話番号:0564-45-3163
アクセス:愛知環状鉄道「大門駅」(車で国道248号線・真福寺道経由約12分)

廣中邦充の経歴

廣中邦充さんは西居院の住職として僧侶としてもお務めを果たす以外にも“平成の駆け込み寺”として
非行や虐待、いじめ、薬物依存など、さまざまな理由から親元で暮らせなくなった子供たちの居場所を提供してきました。

子供達を悪いグループから抜けさせるために、暴力団や暴走族と直談するなど、
これまで1000人以上もの様々な問題・悩みを抱えた子ども達を更生させています。

廣中邦充さんは西居院こと“平成の駆け込み寺”で設けている決まりごとはたったの3つ。

挨拶をすること
朝晩のご飯をみんなで一緒に食べること
部屋にこもらないこと

その他、三つのルール以外は、子供達自身がを決めていて、

17時30分(夏場は18時30分)の門限までには寺に帰ること
夜十時以降は携帯電話を使わない

といった規則は「西居院憲法」として張り出されていました。

それまで、家出や夜遊びを繰り返していた子どもも、
寺では、生活を共にするうちに他人がした悪事や迷惑に対し本気で仲間が怒り、叱るkとから、寺に来てからは門限などルールを守るように。

廣中邦充さんは「ぬくもりのある家庭の中で育った子というのは、夜遊びに出歩かないと言い、
「寺でみんなと“絡み合い”をしていた方が、ずっと楽しい」と話していました。

こうした活動が評価され廣中邦充さんは平成19年度の社会貢献の功績者として『社会貢献者表彰』を受賞しました。

フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』でもたびたび廣中邦充さんと子供たちの関係が密着取材されていました。

■『おじさん、ありがとう ~ショウとタクマと熱血和尚~』
壮絶な思春期を過ごしたショウとタクマ。非行グループに属していたショウは、バイクの窃盗を繰り返し、13歳にして少年鑑別所に送致される寸前だった。兄貴分のタクマもまた「九州の中学生ヤクザ」と異名を取るほどのワル。二人の出会いは11年前、寺の住職である廣中邦充さんの元にショウが預けられた日にさかのぼる。 廣中さんは20年にわたり、問題を抱える子供たちを無償で預かり、更生に導いてきた。子供たちからは「おじさん」と呼ばれ、第二の父親のような存在だ。おじさんや仲間たちから温かく迎えられ、ショウは少しずつ落ち着きを取り戻していくが、ある日、事件が起きる… 一方、子供たちの精神的な支えであった廣中さんは、ステージ4の肺がんに侵され、その後、脳転移が発覚する… ショウとタクマ、そして熱血和尚と悩める子供たちの心の触れ合いを見つめ続けた、11年間の映像記録。

■『モモコと熱血和尚 おじさん、ありがとう』
九州からやってきた中学2年生のモモコも寺に引き取られる。モモコは親に対しては反抗的な態度をとり、家の壁を殴って壊したりもするが、寺では人懐っこく、勉強にも積極的に取り組むなど一見問題なさそうに過ごす。しかし、休日のたびに派手に化粧をして町に繰り出し、男に自分から声をかける生活を送っていた。モモコが無断で外泊し、廣中さんや寺のほかの子どもたちは方々を探し回る。その後、親によって見つけられたモモコは両親とともに寺に現れ、廣中さんや寺の子どもたち、さらにそれまでモモコにあまり時間を割かなかった父親にも叱られたことで、ようやく変わるきっかけをつかむ。

モモコさんは中学当時壮絶な親子喧嘩を毎日繰り返していた。
生まれてまもなく両親が離婚。両親は再び同居するも再婚はせず、微妙な家族関係が続く中、中学に入り非行が始まった。今の環境から一旦切り離すため、おじさんはモモコさんを寺の近くの中学に転校させることにした。
仕事で実家を離れているが頻繁に両親の元へ訪れているという。

廣中邦充の葬儀

廣中邦充さんはステージ4の肺がんに侵され、その後、脳転移が発覚

一時は活動を休止していたものの、最期まで子供たちに手を差し伸べ続け続けました。

西居院のフェイスブックでは、廣中邦充さんの葬儀の様子も掲載されており、ネットでは廣中邦充さんの死去を悼む悲しみの声や感謝の声が多数、寄せられています。

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おじさん中学の時は本当お世話なりました。何度も嘘ついて夜中に出て行ったり等迷惑かけてしまった事をお詫び致します。今年にやうやく社長業やらせてもらいます。全ておじさんのお陰でここまで生きてこれました。出会ってなければ私など・・

おじさん、中学生の頃親に連れられて寺に行きました。おじさんの優しい笑顔が印象的でいつでも電話していいからと電話番号を教えて頂き、何年か経って電話をしても覚えていてくれていて、ほんと嬉しかった。ありがとう。

おじさん、お葬式に行けなくてごめんなさい。おじさんがいたから今普通に元気に生活が出来ています。
ご冥福をお祈り致します。また、天国で会った時に話せたら嬉しいです。

おじさん。ゆっくりと休んでいらっしゃいますか。娘のももこ??結婚しました。「おじさんに、報告が出来なかった」と泣きました。おじさん。娘にも私達家族にも、大きな愛情をありがとうございました??
大好きなお酒を飲みながら、見守っくださいね

廣中邦充の高校や大学など学歴は?

廣中邦充さんの通っていた高校については学校名は明らかになっていないものの、大学は大正大学に進学し仏教学部を卒業しています。

廣中邦充の息子は?

廣中邦充さんは結婚はしていてお嫁さんの名前は待子さん。

待子さんは元々廣中邦充さんの中学の同級生だったようで看護師をしていたそうです。

広いお寺の一階の6部屋、二階の4部屋全部は預かった子供たちのために提供し、廣中邦充さん夫婦の居住空間は一室のみでした。

廣中邦充さんにはどうやら子供が2人いて、長男が通っていた高校ではPTA会長を務めるようになったことが、問題を抱えた子供を預かるきっかけとなったようです。

長男の学校は退学者が多く、事情を聞いてみると子供達の家庭環境に問題があることが発覚。

自分の過去と照らし合わせてそのまま見ていられなくなったことから、
「家に来い」と声をかけて一緒に暮らし始めるようになったそうです。

そんな廣中邦充さんの息子は、もともとは会社員をしていたようですが、廣中邦充さんがなくなる前からお寺を継いで、現在は西居院の住職を務めているようです。

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