亜士武の父親は瀬古俊彦!兄弟や母親は?

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亜士武さんが有名人の父親を持つ息子として日本テレビ「人生が変わる1分間の深イイ話」に登場。

その父親の正体は今の40代以上なら誰もが知る日本を代表するマラソン選手ということですが、瀬古俊彦さんの次男ですね。

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亜士武の父親は瀬古俊彦

亜士武さんの父親は日本を代表するマラソン選手の瀬古俊彦さんです。

■瀬古利彦のプロフィール
生年月日: 1956年7月15日
年齢:64歳
出身地:三重県 桑名市
身長: 5.577 ft
高校:四日市工業高校
最終学歴: 早稲田大学

■瀬古利彦の記録
3000m 7分54秒9 (1979年)
5000m 13分24秒29 (1985年)
10000m 27分42秒17 (1986年)
20000m 57分48秒7 (1985年) アジア記録
25000m 1時間13分55秒8 (1981年) アジア記録
30000m 1時間29分18秒8 (1981年) アジア記録
マラソン 2時間8分27秒 (1986年)

瀬古利彦さんは中学時代は野球部にしていたそうですが、市の陸上の大会に駆り出されて2000mでに出場すると優勝してしまい、
県大会でも当時の三重県記録をたたき出して断トツの優勝を果たしたことから陸上に転向

四日市工業高校では中長距離で活躍したのち、大学は1浪を経て早稲田大学に入学すると、箱根駅伝には1年生から出場。

4年連続2区、3年・4年時に2年連続区間賞と区間記録更新を果たしています。

マラソンでは福岡国際マラソン3連覇など15戦10勝を記録しているものの、
マラソン日本代表として出場し金メダルの期待を背負ったロサンゼルスオリンピック、ソウルオリンピックでは、いずれもメダルには届きませんでした。

1988年に現役引退すると現在はDeNAランニングクラブ総監督を務め、
視聴率20%超え人気ドラマ「陸王」にも俳優として出演したり、息子のバンドメンバーのドラム担当としてステージに立つこともあります。

瀬古亜士武の結婚した嫁は

瀬古亜士武さんは2020年に元中日の山本昌さんの長女、裕里加(ゆりか)さんと結婚しています。

当時の記事を見てみると「ミズノの社内結婚」とあるので亜士武さんの職場はスポーツグッズメーカーの「ミズノ」なんですね。

瀬古亜士武の兄弟は?

瀬古亜士武さんは4人兄弟の次男です。

長男:昴(すばる)さん
次男:亜士武(あとむ)さん
三男:天哩(てんり)さん
四男:聖醐(しょうご)さん

■長男:昴

瀬古亜士武さんのお兄さんの昴さんは、「リンパ腫」と言う病気で闘病生活を続けているそうです。

「リンパ腫」は血液のがんで完治が見込めないものの、余命などは宣告されているわけではないようです。

日常生活が送る分には支障がないようで、昴さんは趣味のギターで、瀬古利彦さんら家族と組んでいるそうです。

■三男:天哩(てんり)

瀬古亜士武さんの弟の天哩さんは4人兄弟の中で唯一、父親と同じくマラソンや駅伝選手として活躍をしていました。

小学校の時にはすでに驚くほど足が速かったそうで、小学6年生の時に初めて出場した1000mではダントツ1位で3:00.97を記録し渋谷区の大会新記録を達成。

この記録は15年経った今でも破る選手は現れず、父親の小学生時代の記録より早いとのこと。

ちなみに小学生6年生の1000mでは3分を切る選手もいるものの、訓練を積んだうえでの記録なので、瀬古亜士武さんの素質の高さが十分にうかがえますね。

東海大浦安高時代には800mでインターハイに出場し、大学は瀬古利彦さんにとってはライバルとも言える東海大学に進学。

ただ天哩さんは大学の陸上部に入部後、度重なる怪我に見舞われ練習すら満足にできなかったようです。

東海大学では必ず1学年に1人が選手を引退し裏方のマネージャーに転向するという不文律があり、
2年生の12月に立候補者がいなかったことから、陸上部の同級生たちによる「マネジャー選挙」で24票中19票を獲得して裏方に転向させられます。

天哩さんは相当に悲嘆にくれたようで、一時は退部も考えたそうですが父親の瀬古利彦さんから「最後までやり抜きなさい」という言葉を受け、その後はマネージャーとして部を支え続けます。

天哩さんが4年生の時に東海大学は4年ぶりにシード権を獲得していますが、レース後、選手たちはチームのために尽くした天哩さんを胴上げし感謝したそうです。

現在の天哩さんは大学卒業後に入社した「ベースボール・マガジン社」で陸上競技マガジンの編集となっています。

■四男:聖醐

高校で陸上部に入部しましたが、途中で辞めてアメフト部に入部しています。

瀬古亜士武の母親は?

瀬古亜士武さんの母親は元幼稚園の先生の渡辺美恵さんという方です。

瀬古利彦さんとは1984年のロサンゼルスオリンピック後に結婚をしていますが、
2人の馴れ初めはなんとお見合い結婚。

実は、この結婚には瀬古利彦さんの恩師である中村清さんの反対を押し切ったそうで、
結婚するまで何とお見合い6回も経験。

瀬古亜士武さんの母親の実家は資産家で、1人娘だったそうです。

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