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山舩晃太郎の出身高校や学歴をwiki調査!水中考古学で近未来創世記

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山舩晃太郎さんは日本では珍しい水中考古学を専門とする研究者。

「近未来創世記 日本を救うヤバイ偉人」でも紹介された山舩晃太郎さんの気になるプロフィールをまとめています。

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山舩晃太郎wikiプロフィール

名前:山舩晃太郎(やまふね こうたろう)

出身地:秋田県

生年月日:1984年3月21日

年齢:37歳

出身高校:法政大学第一高等学校

出身大学:法政大学文学部

最終学歴:テキサスA&M大学・大学院文化人類学科船舶考古学専攻(2012年修士、2016年博士号修得)船舶考古学博士

肩書:
合同会社アパラティス代表社員
テキサス農工大沈没船復元再構築研究室研究員
東京海洋大学非常勤講師
エクスタナード・デ・コロンビア大学外国人特別客員教授
九州大学共同研究企業代表

山舩晃太郎さんは出身は秋田県ながら父が転勤族のサラリーマンだった影響で愛知県名古屋市や千葉県市川市などで育つ

名古屋での小学校時代に野球を始めるとプロ野球選手を目指して大学まで野球を続けています。

しかし、高校2年の時に右肘を故障して手術を受けたことで実力が伸び悩み夏の甲子園の予選はベンチにも入れないまま甲子園出場を逃すと、大学に進学して再起を図るもやはり故障再発などで挫折。

チームの打撃投手を務めるものの、4年進級時に当時の金光興二監督に対して部に籍を置いたままで選手引退を申し出て了承され、野球選手としての人生を終えています。

山舩晃太郎の経歴

山舩晃太郎さんはもともと本が好きで、野球の傍らで古生物学や宇宙物理学、哲学や宗教、歴史ものなどの読書を趣味としていました。

卒業論文のテーマを決めるために大学の図書館で調べものをしていたところ、フロリダの鉱泉から1万年前の人間の頭蓋骨と脳が発見されたことを知り強い関心を覚えます。

鉱泉の水底には酸素がなく、腐敗がほとんど起こらないことなど山舩晃太郎さんの好奇心を十分に刺激するもので、その後に水中考古学を志す大きなきっかけとなりました。

山舩晃太郎さんが専門とする水中考古学とは、水中に眠る遺跡や沈没船を発掘、研究する学問分野のこと。

国際色豊かな領域で、ウルグアイでイギリス船の発掘したり、コスタリカでデンマーク船の発掘といった活動をしています。

山舩晃太郎さんは水中考古学の中でも特に古代エジプトの時代からの造船技術の発展史、大航海時代のポルトガル、スペイン船を研究テーマとしています。

その時代の船は現代に例えるとスペースシャトルに匹敵するような英知の塊で、当時の最新鋭の技術で作られています。

当時の人類の技術や暮らしが明らかになる重要な学問として山舩晃太郎さんの研究は注目されています。

山舩晃太郎さんは大学院卒業を迎えるころには研究成果が認められ大学に残る道もあったそうですが、いろいろなところから自身の3Dモデルの作成依頼が来たことから、大学所属の外国籍の研究者という立場よりも、会社という形で研究を続けることにしています。

山舩晃太郎の本

■沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う

恋人や家族が戯れる海の底で沈没船を発掘せよ! 気鋭の学者の初エッセイ。
英語力ゼロなのに単身渡米、ハンバーガーすら注文できず心が折れた青年が、10年かけて憧れの水中考古学者に。その日常は驚きと発見の連続だった! 指先さえ見えない視界不良のドブ川でレア古代船を掘り出し、カリブ海で正体不明の海賊船を追い、エーゲ海で命を危険にさらす。まだ見ぬ船を追うエキサイティングな発掘記。

■水中考古学 クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで (中公新書)

クレオパトラの宮殿、ツタンカーメンに贈られた宝、元寇船、タイタニック…。海底に眠る数々の遺産に光をあてた、探検と研究のドラマ

山舩晃太郎のツイッターやインスタグラム

山舩晃太郎のツイッター

山舩晃太郎のインスタグラム

山舩晃太郎のフェイスブック

山舩晃太郎の高校や大学など学歴は?

山舩晃太郎さんの通っていた学校は次のとおりです。

出身高校:法政大学第一高等学校

出身大学:法政大学文学部

最終学歴:テキサスA&M大学・大学院文化人類学科船舶考古学専攻(2012年修士、2016年博士号修得)船舶考古学博士。

山舩晃太郎さんは法政大学第一高等学校にはスポーツ推薦で入学

大学では体育会硬式野球部に所属し2学年下には

二神一人(阪神1位)
武内久士(広島3位)

といった後にプロ野球選手として活躍する選手もいました。

山舩晃太郎さんは野球推薦の新入生が150キロちかい球を軽々と投げているのを見て、「どんなにもがいても敵わない世界」があることを思い知らされ、野球を辞めるきっかけの一つとなりました。

山舩晃太郎さんは大学生時代にはまだ後藤篤子先生の西洋古代史のゼミに在籍し古代ギリシャの三段櫂船(トラムリム)の徴兵制を研究テーマとしていました。

水中考古学と出会ったのは卒業論文の準備中に目にしたロバート・F・バージェス著『海底の1万2000年―水中考古学物語』

国内で水中考古学が学べる大学院を探す中で、井上たかひこさんという研究者が40歳を過ぎて英語が苦手なのにテキサスA&M大学院へ留学し、水中考古学の修士号を得ていたことを知ります。

山舩晃太郎さんも大学卒業後、まずはテキサスA&M大学併設の語学学校へ入り、英語力を磨いてから大学院に留学。

しかし英語の壁は想像以上に厚く、山舩晃太郎さんは当初は授業についていくことすらできなかったものの、1日の大半を研究と語学の勉強に当てて何とか大学院を卒業しています。

山舩晃太郎さんの大学院の論文テーマは、知識と現場で使える技術の両方が必要と考え、自ら開発した発掘調査の3Dモデルの活用法

「フォトグラメトリを応用し、デジタル3Dモデルを用いて沈没船復元再構築の理論を進化させる方法」というもので、

水中考古学関連では最も権威があると言われる国際学会でも大きな反響を得ています。

これがきっかけとなって世界各国から共同研究や遺跡調査への要請を受けるようになったそうです。

山舩晃太郎の結婚した嫁や子供は?

調査中
山舩晃太郎さんのプライベートについて調べられる範囲では結婚に関する情報は一切ありませんでした。

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