ブライアンの現在をwiki調査!ドリュー・バリモアでアンビリバボー

スポンサーリンク
0未分類

ブライアン・ハーズリンガー(Brian Herzlinger)は、ドリュー・バリモアの単なるファンの一人にすぎなかったものの、実際に彼女に会うチャンスを自ら作り出しにドリュー・バリモアとデートまでしました。

その様子はドキュメンタリー映画『デート・ウィズ・ドリュー』というタイトルで2004年に公開されました。

スポンサーリンク

ブライアン・ハーズリンガーのwikiプロフ

名前:ブライアン・スコット・ヘルツリンガー(Brian Scott Herzlinger)
生年月日:1976年2月19日
年齢:44歳
出身地:ニューヨーク州ブルックリン(エベシャム・タウンシップ)
出身高校:チェロキー高校
最終学歴:イサカ・カレッジ(ニューヨーク州イサカ)

ブライアンは6歳のころに初めて映画『E.T. 地球外生命体』を観たことから映画が好きになります。

大学で映画と写真の学士号を取得後、ロサンゼルスに移りドリームワークスとMGMでCMやMV制作アシスタントに従事。

日本でも人気のあるCBSの医療ドラマ「シカゴ・ホープ」にも携わります。

ブライアンのドリュー・バリモアがすごい!

ブライアンにとって「E.T.」はもう一つの重要な意味を持ってました。

当時・小学2年生だったドリュー・バリモアも出演していましたが、ブライアンはなんと一目惚れ。

彼は映画業界に飛び込むと生涯の夢を叶えるため、彼女をデートに誘うことを計画します。

けれどもブライアンは、これといった趣味も特技もない平凡な成人男性

唯一誇れることは、ドリュー・バリモアについての知識が誰よりも豊富なこと。

ブライアンはアメリカのとあるゲーム番組で賞金1100ドル(日本円で約13万円)を獲得しますが、その時の最後のゲームの答えがドリュー・バリモアに関するだったことに運命を感じ、
ドリュー・バリモアとのデートをドキュメンタリーとして制作する計画を思いつきます。

クレジットカードの残高もオーバーしているブライアンには、まともな映画を作る資金的な余裕は1セントだってありません。

1ヶ月以内に返品すれば全額が戻ってくる量販店の返品保障制度を利用することを友人に約束し、高性能ハンディカメラを購入すると、
資金1100ドル・期間は0日という限られた条件で、ハリウッドのセレブリティ、ドリュー・バリモアとのデートを実現すべく奔走します。

スター、ドリュー・バリモアに夢中になった20年以上経った今、ヘルツリンガーは映画製作への情熱とドリュー・バリモアとのデートを記録するために、彼の映画製作への情熱を合わせています。

経費削減のための苦肉の策とはいえ、ビデオカメラが使えるタイムリミットが1か月というのが仕掛けとしてよく効いています。

まるで大学生が学園祭のノリでつくったような作品で「6次の隔たり」を地で行き、ブライアンは生来の明るさと無鉄砲さで、少しでもドリュー・バリモアと繋がりのある人たちにアポを取りまくります。

その中には大物映画関係者も巻き込魔れていて、そのスケールの大きさに対して目的が「ドリューとデート」というくだらなさのギャップがこの作品のコメディ要素を引き立てています。

ドリュー・バリモアが出演する映画の脚本家や、彼女が通っているエステ店の店員にまで突撃していってドリュー本人にデートを申し込めないかと模索する姿は、
見ようによってはアイドルにガチ恋してしまう迷惑なファンそのもの。

ただ、最終的にはドリュー・バリモアは「少年の心をいつまでも忘れない。それは私のポリシーと合うわ」とブライアン監督と会うことを決意。

短時間ではありますが、ブライアンは見事にドリュー・バリモアとのデートを実現し、真っ直ぐに「アメリカンドリーム」を感じさせてくれるストーリーに仕上がりました。

この様子はすべてドキュメンタリー映画『デート・ウィズ・ドリュー(邦題:あこがれのスターに会える方法、教えます!)』として映像化されています。

■デート・ウィズ・ドリューの主な受賞
ベール映画祭フェスティバル賞
全米コメディ芸術祭観客賞
ジェンアート映画祭観客賞
ロカルノ国際映画祭批評家週間賞
ソノマ・バレー映画祭観客賞
ソノマ・バレー映画祭審査員賞
ソノマ・バレー映画祭特別賞

ブライアン・ハーズリンガーのの現在は?

ブライアン・ハーズリンガーはちなみに撮影と並行して就活していて、その後、無事に制作会社に就職しています。

初の長編映画『マイ・デート・ウィズ・ドリュー』で知名度を高めるとアメリカで著名なコメディアンを主演に迎えたロマンティック・コメディ『ベイビー・オン・ボード』を発表し2009年には全米で劇場公開されています。

ブライアンは現在、カリフォルニア州マリブに在住し、映画監督、脚本家として活動しています。

映画監督としてのアメリカでは名の知れた存在となったブライアンは「私の最大のことの一つは、信じることができるということです。もし私にそれがなく、その能力がなかったら、このビジネスでは失敗していただろう」と話しています。

タイトルとURLをコピーしました