小栗修wiki|プロレスのコスチューム職人で激レアさん出演

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小栗修さんは小学生の頃からプロレスのコスチューム作りを始めるとサラリーマンをしながら蝶野正洋や三沢光晴などの一流プロレスラーのコスチュームを手掛けてきた人物。

現在は独立してプロレスのコスチューム職人として業界シェア8割以上を誇る小栗修さんの気になるプロフィールをまとめています。

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小栗修wikiプロフィール

生年月日:1971年4月29日
年齢:49歳
出身地:神奈川県茅ヶ崎市
東海大学 体育学部卒業
小学校:小和田小学校
中学校赤羽根中学校
出身高校:鶴嶺高校
身長:183㎝

小栗修さんは自宅そばにコスチュームメーカー「KONDOU SHOES」を構えているプロレスのコスチューム職人。

これまでに国内外500人以上のプロレスラーのマスクやガウン、靴などコスチューム全般の制作を手掛けていて
「全日本プロレス」「新日本プロレス」など大手プロレス団体では約8割のシェアを誇っています。

プロレス以外でもAKB48が出演するドラマのプロレス衣装やレイザーラモンHGなどのお笑い芸人の衣装も制作しています。

小栗修の経歴

小栗修さんは小学生の卒業アルバムで書いた将来の夢「プロレスラー」と書くほどのプロレス好きで、プロレスラーさながらの体格を誇ります。

コスチューム作りを始めたきっかけは、小5年生の頃に3万円もするタイガーマスクの覆面を母が買ってくれたこと。

そんな高価なものは子どもでは何枚も買えないので、自分で作ろうと母親のミシンを借りて、見よう見まねで手作りのマスクを手掛けるようになります。

既製品のマスクの糸を切って全部バラし型を確かめると、自分のジャージなどの布を生地にして手作りマスクを完成させ、
後楽園ホールで二代目タイガーマスクにサインを貰うために自分で作ったマスクを渡すとその完成度がすでにかなり高かったようです。

「マスクを作ってほしい」と直々に依頼を受けると小栗修さんはマスクをはじめコスチュームづくりに本格的に目覚めるようになります。

大学に入学後もアルバイトでもコスチュームづくりを続けますが卒業後はスポーツメーカーに就職し会社員として働きます。

ただもちろん、選手からの個人的な依頼でコスチュームの製作を続けていて、気がつけばメジャー団体約7割の選手をサポート。

夜に会社から戻り翌朝まで徹夜で製作をしてまた出勤という毎日で、睡眠は片道3時間の電車の中という多忙を極める生活がサラリーマン生活が30年近くになります。

足の引っ張り合いをする従業員など日本の企業風土に嫌気がさしていた小栗修さんは一念発起して独立をして、現在はプロレスのコスチューム職人として独立をしています。

これまでに、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、天龍源一郎、三沢光晴、小橋建太、長州力、藤波辰爾、武藤敬司、小川直也、オカダカズチカ、棚橋弘至、高山善廣、高田延彦など数々の日本人レスラーのコスチュームを手掛けてきたほか、
海外選手のスタンハンセン、ミル・マスカラス、さらには世界最大プロレス団体WWEのスーパースターズのコスチュームも手掛けている小栗修さん。

プロレスラーから「巡業先でコスチュームが破れてしまった」と連絡が入ると、翌日には新品を送り届けるなど細かく丁寧なアフターケアがあったからこそで、
亡くなった三沢光晴選手の追悼試合では特性のガウンを徹夜して仕上げて武藤敬司に贈り、試合に花を添えていました。

小栗修のツイッターやインスタグラム

小栗修さんはツイッターやインスタグラムにはアカウントを開設していないようです。

小栗修の高校や大学など学歴は?

小栗修さんは中学高校ではバレーボール部に所属する傍らで独学でコスチューム制作を続けていたそうです。

最大の転機となったのが高校2年生の時に地元で行われた2代目タイガーマスク(故・三沢光晴氏)の撮影会で、
高校生にしては大金の15,000円で職業用中古ミシンを買うと革も縫えるようになるなど、かなり形になっていたそうです。

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