姨捨山は実話?現代語訳は?

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姨捨山とは実話?実際におばあさんが山に捨てられていたのでしょうか?過去に本当に実在したのでしょうか?

映画になったり書籍などで姥捨て山関連のものが出版されたりしてますが史実としてあったのでしょうか?

今昔物語集 姨母捨山の現代語訳は?

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姨捨山は実話?

姨捨山は年寄りは役に立たないので山に連れてってそのままおいていき、おばあさんが弱ってくるとカラスが上空から襲ってきてそのまま餌になるという話。

「昔話」「地名と絡めた伝説」として伝わる話ですが、「史実」としての確認は難しいようです。

「姨捨伝説」というものが由来になっていて、年老いた老婆を姥捨山に捨てた男性が、名月を見て後悔に耐えられず、翌日連れ帰ったという民話が残る地域もあるようです。

実際に駅名で長野県におばすてと呼んで、「姨捨」という駅名があります。

姨捨は高齢者を捨てるところではありません|地域情報|長野県のおいしい食べ方
迫ってきたゴールデンウィークを控え、旅行の計画をたてていらっしゃる方も多いことでしょう。その行く先に長野県、とりわけ北信地方を組み込んでいる方にぜひともお勧めしたい観光スポットがあります。それは千曲市の姨捨(おばすて)というところです。JR篠ノ井線姨捨駅には姨捨の由来となった昔話がたてられています。読んでみま

なお、棄老伝説というものがあって、古代インドの仏教書に説話が残っているという話もあります。
書物としては、柳田國男さんの「遠野物語」にも棄老伝説に基づく説話が詳しく記されています。

実際の「姥捨山」という名になった由来は、あくまでも一説なのですが、奈良時代に初瀬皇子率いる民族、小初瀬部氏が住んでいたことに由来する説があって、奈良県の桜井市初瀬町にある長谷寺に参詣することを「オハツセ詣」と言われることからも、最も有力なのではないかと思います。

なお、「姥を山に捨てるから姥捨山」という都市伝説が広まった背景には、

・前述した「姨捨伝説」が語り継がれていくうちに曲解した都市伝説へと変化した
・「姥捨山」という名から連想したイメージが一人歩きして都市伝説になった

が挙げられるのではないかと考えられます。

ある北アメリカの先住民族は狩りのための移動の際、「足手まとい」になることを嫌った老人・傷病人が自らの意思でその場に残る風習を持ち、結果的には「姥捨て」(棄老)となりました。
※遊牧民族でもそのような事が行われたようです。

姨捨山の現代語訳

信濃の国に更級という所に、男が住んでいた。若いときに親が死んでしまったので、伯母が親のように、若いときからつき添って世話をしていたが、この男の妻の心は、たいそうつらいことが多くて、この姑が年をとって腰が曲がっているのをいつも憎んでは、男にも、この伯母のお心が、意地悪くろくでもないということを言い聞かせたので、昔のとおりでもなく、おろそかに扱うことが多くなっていった。この伯母は、たいそう年老いて、腰が折れ曲がっていた。このことをいっそう、この嫁は、窮屈で厄介がって、今まで死なずにいるとはと思って、よくない告げ口を言っては、「連れていらっしゃって、深い山奥に捨てておしまいになってください。」ともっぱら責めたてたので、せき立てられるのに閉口して、そうしてしまおうと思うようになった。 月がたいそう明るい夜、「おばあさんよ、さあいらっしゃい。寺でありがたい法会をするということですから、お見せ申し上げましょう。」と言ったので、このうえもなく喜んで背負われてしまった。高い山のふもとに住んでいたので、その山にはるばると入って入って行って、高い山の峰で、下りて来られそうもない所に置いて逃げて来てしまった。「これこれ。」と言うけれども、返事もしないで逃げて、家に来てあれこれ考えていると、告げ口をして腹を立てさせたときは、腹を立てて、このようにしたけれども、長い間母親のように養い続けて一緒に暮らしていたので、たいそう悲しく思われた。この山の頂上から、月もたいそうこのうえもなく明るく出ているのをもの思いにふけって見やり、一晩中寝られず、悲しく思われたので、このように詠んだ。
わが心・・・私の心を慰めることはできない。更級の姨捨山に照る月を見ていると。
と詠んで、また行って迎えて連れ戻った。それからのち、この山を姨捨山といった。「慰めがたい」というのには、このようないわれがあるのであった。
(第156段)

「慰めがたし」とは慰めてもぬぐい切れないほど、悲しいものだ。言葉にできないような悲しさだ。というのを表現しているのでしょう。


大和物語のをばすて山の原文

月のいと明かき夜、「嫗ども、いざたまへ。寺に尊 きわざする、見せ奉らむ」と言ひければ、限りなく喜 びて負はれにけり。高き山のふもとに住みければ、そ の山にはるばると入りて、高き山の峰の、降り来べく もあらぬに置きて逃げて来ぬ。「やや」と言へど、い らへもせで、逃げて家に来て思ひをるに、言ひ腹立て けるをりは、腹立ちてかくしつれど、年ごろ親のごと 養ひつつ相添ひにければ、いと悲しくおぼえけり。この山の上より、月もいと限りなく明かく出でたるを眺めて、夜一夜、寝も寝られず、悲しうおぼえければ、かく詠みたり ける。 わが心なぐさめかねつ更級や姥捨山に照る月を見て と詠みてなむ、また行きて迎へ持て来にける。それより後なむ、姥捨山と言ひける。「慰めがたし」とは、これが由 になむありける。

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