容疑者Xの献身で原作と映画の違いは?ガリレオ

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東野圭吾原作の映画「ガリレオ 容疑者Xの献身」で石神という天才物理学者・湯川と大学時代の友人にして天才数学者でありながらがもう一人の主人公。

母娘2人による全夫の殺人事件に関与していましたが、原作は映画とだんな違いがありますか?

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容疑者Xの献身で原作と映画の違いは?ガリレオ

映画「ガリレオ 容疑者Xの献身」ほ東野圭吾の原作と映画の一番大きな違いは数学の天才、石神哲哉の風貌です。

原作ではダルマと渾名される肥満体、丸顔で頭髪も薄い老け顔となっています。

映画では何故か湯川と共に登山を趣味としていますが原作には無く、元柔道部の設定です。(雪山登山シーンは演出意図が不明です・・・。)

石神役をどのデブタレさんが演じるのか取りざたされていましたが堤真一さんの配役決定時にはファンの反響が大きかったようですが見事に役を演じ切り、花岡親子の犯行を自分が犯罪を冒してまで護る真の理由、ラストの慟哭号泣シーンには何度見ても泣かされます・・・。

また原作だと花岡靖子の娘・花岡美里(金澤美穂) が罪悪感から自殺をします。
未遂に終わりますが。

石神がストーカーのふりをしてまで罪をかぶったことを知り、娘は耐えられなかったようです。

なぜ東野圭吾さんが自殺未遂という設定にしたかですが、おそらく、靖子が無理なく自主するには、娘の自殺が一番効果的と考えたのかもしれません。

いくら靖子が石神に対して、またなんの罪もないのに殺害された浮浪者に対して罪悪感をいだき自主するにせよ、大事な娘が犯罪の加害者になるなんて耐えられないと自主を思いとどまるのが親心だと思います。そもそも、靖子は、自分がやったことにして自主しようとしたわけですから、娘が止めましたよね。つまり靖子はただ娘のことだけを思い、自主しなかったんです。自主しても娘も手伝っていたとばれると石神にいわれ、そんなの耐えられなかった。しかし、靖子が自主しなければ、話がなりたたない。

無理がないように、娘が自殺未遂をしたのだと思いました。映画でも娘は罪悪感から泣いてましたよね、ラケット落として。

娘を犯罪者にしたくないという葛藤を克服し自主するには、娘の自殺未遂が必要だと思いました。映画だと、いくら石神に申し訳ないと思ったからって、娘が犯罪者になってよいのかな?と考える方もいらっしゃると思いました。

あと、原作だと、石神と花岡親子はそんなに親しくしてないです。娘がてをふったりはなかったです。もっと距離感があるような設定でした。

また、柴咲コウ演じる女性刑事・内海は”ガリレオ”原作シリーズには登場しないドラマ・映画のオリジナルキャラクターです。

原作は湯川と大学が一緒であった北村一輝演じる草薙(内海の先輩)が毎回事件解決の協力を仰いでいる設定です。

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