ディアトロフ峠事件の真相はカルマン渦?原因をネタバレ考察

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ディアトロフ峠事件は9人の登山グループが謎の死を遂げた事件で、世界一不気味な遭難事故としてこれまでに様々なメディアでも紹介されてきました。

真相をめぐっては、UFO説やミサイル発射説、遺体の服から放射性物質が検出されたことから核爆発まで様々な原因が囁かれてきたものの、2020年に60年越しについにディアトロフ峠事件の真相が解明されたようです。

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ディアトロフ峠事件の概要

ディアトロフ峠事件とは1959年の1月末、イーゴリ・ディアトロフ率いるウラル工科大学の学生や卒業生ら10人のうち最終的に男女9人全員(1人は持病悪化で途中離脱)が雪山で遺体となって発見され遭難事故。

ウラル山脈の山奥に16日間の予定で雪山トレッキング旅行に出かけたという。しかし帰宅予定日になっても戻らず、2月20日に捜索が開始されたところ、
頭蓋骨に致命傷を負っている者、車にひかれたように全身を骨折している者など異様な遺体が次々とされます。

当時のソ連捜査当局は、9人とも低体温症で亡くなり「自然の力によるもの」が原因と説明としていたものの、
目玉や舌がない者までいたほか、一行は摂氏マイナス30度の極寒の中、テントを内側から引き裂いて裸足で外に飛び出すなど、単なる自然現象では説明しがたい現場の様子も報告されていました。

ディアトロフ峠事件の真相はカルマン渦が原因?

遺体には争った形跡はないにも関わらず2体に頭蓋骨骨折が見られ、別の2体は肋骨を損傷していたうえに、何人かの犠牲者の衣服から、高い線量の放射性物質が検出されていました。

衣服から放射線物質が検出されたことに関しては、ディアトロフ峠事件が起きる前からそもそも高い放射線を浴びていた可能性は否定できません。

その他、凄惨な現場を説明する一つの説として有力視されていたものの一つが「カルマン渦(ヘアピン渦)」でした。

カルマン渦とは、空気や水などの流れの中に柱状の物体を置いたときに、物体の後ろに交互に2列の渦の列ができる現象。

アメリカで鉄のつり橋が激しく振動して崩落してしまったのも、カルマン渦が原因とされ、流体力学的な振動現象の一つ。

長大吊橋が揺れて崩落 米国のタコマ橋1940
カルマン渦 Karman vortex street

このカルマン渦が生じることによって、風速が最大で3倍にもなるほどの乱気流を発生させると言われていて、
ディアトロフ峠事件が起きたときには極端な暴風雪は記録されていなかったものの、それでも視界はわずか16mという大荒れの天気。

仮に風速が15m程度はあった場合、カルマン渦によって瞬間的に最大風速が50m近くに達することもあり、立っているのがやっと。

むしろ無防備な状態で突風にあおられたことから簡単に吹き飛ばされてしまったことから、異様な外傷を追う結果になった可能性が考えられます。

また下着姿の遺体も発見された点に関しては、カルマン渦に特有にみられる異様な「音」がパニック症状を起こしたのではないか?とも推測できます。

カルマン渦の音は、身近なところで言えばい棒を勢い良く振ると「ビューッ」という音が聞こえますが、
風速が早くなればなるほど、まるで飛行機のジェットエンジンのような「キーン」という轟音となるようです。

ディアトロフ峠事件ではビバークをしているところに飛行機が墜落してくるのでは?と恐怖にかられ、着の身着のままでテントから逃げ出した可能性も考えられます。

ディアトロフ峠事件の真相は雪崩と結論

ディアトロフ峠事件の真相は「カルマン渦」が一つの説として注目を集めていましたが、2020年に発表された結果では、当初から唱えられていた「雪崩」と結論付けられました。

ウラル連邦管轄区検察局次長アンドレイ・クリヤコフ氏によると、死因は低体温症で、遺体の損傷は雪崩による雪の圧力によるもの。

雪崩の危険から逃れるためには尾根の裏側が自然の防波堤となることから、ディアトロフ峠事件の一行はそれこそ着の身着のままで50mほどの距離を避難。

ただ当時は視界はわずか16mという状況でだったことから、雪崩の危険が過ぎた後テントに戻ろうにも戻ることができずまず2人が低体温症で死亡

一行はここから二手に分かれてテントの捜索を始めたものの、
1つのグループは森林地帯を離れると気温はマイナス40~45度という極寒の風にさらされすぐに凍え、
寒さから精神錯乱を招いた結果、服を脱いで薄着の状態で遺体が発見されたと推測されています。

低体温からの異常行動に関しては、日本でも八甲田雪中行軍遭難事件でのエピソードが有名です。

1902年(明治35年)1月に日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難した事件。訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)するという日本の冬季軍事訓練において最も多くの死傷者を出した事故であるとともに、近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故である。
wikipedia:八甲田雪中行軍遭難事件

もう一方のグループはテントの捜索を中断して雪を掘って寒さをしのごうとしたところ、雪崩を起こして潰されてしまったとみられています。

遺体に見られた骨折は、重さ数トンもの雪の圧力によるもので、実際に圧死した遺体にみられる顕著な特徴も一致しているとされています。

クリヤコフ氏によると、テニスボールの片面に荷重をかけると、荷重をかけた部分ではなく、その反対側が破裂するのだという。じつは遺体の損傷はどれも体の反対側で見つかっているのだそうで、このことが雪の重みで潰されたことを物語っているとのことだ。
引用:https://www.excite.co.jp/news/article/Karapaia_52292807/?p=3

ディアトロフ峠事件のその他の原因説

氷点下にも関わらずテントには防寒着やブーツが残され、付近の森で見つかった2人の遺体は下着姿。近くの木の下の枝が折れていたことから、「イエティ説」も持ち上がりイエティの仕業から逃げた2人が木を登ったと推測されている。

ディアトロフ峠事件のネットの反響・口コミ

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