八谷和彦(メーヴェ作者)の学歴は東京芸術大学?作品や年収も調査

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八谷和彦さんは東京芸術大学で教鞭をとる傍らで、メディアーティストとしてポストペットなどを世に送り出しています。

BTTF2に登場した「エアボード」やナウシカの「メーヴェ」といった架空のガジェットを現実世界に登場させていることでも話題の八谷和彦さんのプロフィールをまとめています。

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八谷和彦がメーヴェの作者!

八谷和彦さんは30代の頃から書きためたネタ帳をもとに、様々な作品を世に送り出しています。

その一つがメーヴェで、数あるネタの中らメーヴェを制作するきっかけとして2つの要因を挙げています。

1つはイラクで起きた湾岸戦争戦争で日米安保条約から日本の自衛隊もイラク派遣されるなど、
八谷和彦さんはまさに大国同士の戦争に巻き込まれた「風の谷」のように感じます。

戦場に身を投じたナウシカと、日米安保からイラク戦争に関与した日本の自衛隊を重ねて、
「日本の首相がナウシカだったらそんなことはしないのに!」というような気持ちになったことが、メーヴェ制作に取り掛かる大きな動機の一つ。

そしてもう一つがメーヴェのまえにバックトゥザフューチャー2に登場する「エアボード」作品の制作を通じて、
ジェットエンジンの扱い慣れていたこと。

「エアボード」自体は人間が乗れるようなものではなく、ただ「エアボード」自体が5㎝ほど浮き上がるだけだったものの、
次は“100m浮いてる”ものを作ろうと思っていたそうです。

“メーヴェ”の開発コードはいくつかのバージョンを経て「M-02J」となり「OpenSky」プロジェクトの一環で制作されています。

OpenSkyは八谷和彦さんが2003年より開始した「個人的に飛行装置を作ってみるプロジェクト」で
『風の谷のナウシカ』に登場する主人公ナウシカが乗って空を飛ぶ「メーヴェ」そっくりの機体を開発し、
実際に八谷和彦さんが搭乗して飛ぶというパフォーマンスを披露するまでの過程を含めたアート作品。

機体の基本設計、実験機の制作、幾多の試験飛行を経て2013年に飛行テストを成功させています。

OpenSky Chronicle 2003–2016.

八谷和彦の作品

八谷和彦さんはメーヴェ以外にも数かすの作品を世に送り出しています。

「視聴覚交換マシン」や「見ることは信じること」などの特殊コミュニケーション・ツール・シリーズや、
「パーソナルフライトシステム」など機能をもった装置を手掛けています。

Inter Dis-Communication Machine (1993)

八谷和彦wikiプロフィール

名前:八谷和彦(はちや かずひこ)
生年月日:1966年4月18日
年齢:54歳
出身:佐賀県探し
出身高校:佐賀北高校
最終学歴:九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科
職業:東京芸術大学美術学部准教授、メディアアーティスト

八谷和彦さんは大学卒業後、個人TV放送局ユニット 「SMTV」やコンサルティング会社勤務を経て「PetWORKs」を設立。

1990年代公判にソネット公式メールソフトとして名をはせた『ポストペット』の開発者で、
ピンクのくまの「モモ」はソネット公式キャラクターにもなって現在でも愛され続けていますね。

PetWORKs

八谷和彦の経歴

八谷和彦さんがポストペットを作るきっかけは、当時のメールソフトってどれも素っ気なかったことから。

ビジネスだけじゃなくて普通の人も使いたくなるようなメールソフトを作りたいと思って開発したのが「ポストペット」で、
「ポストペット」の大ヒットを受けて会社が軌道に乗ったことを受けてメーヴェやエアボードの開発に取り組んでみたり、
果てには自らの手でロケットを開発し、最終的には宇宙征服を企む謎の秘密結社「なつのロケット団」の運営も行っています。

【CM】 So net 1998年 ポストペット
PostPetVR

■八谷和彦の個展
2008年 「魔法かもしれない。」日本科学未来館/東京
2007年 「八谷和彦”初”ドローイング展─手で描いたものしか出しません」無人島プロダクション/東京
2006年 「八谷和彦─OpenSky 2.0」NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]/東京
2003年 「OPEN SKY 八谷和彦展─ポストペットからメーヴェまで」熊本市現代美術館/熊本
1999年 「Air Board β – for the Jet Generation」ギャラリーアート倉庫/東京
1996年 「見ることは信じること」広島市現代美術館/広島
1996年 「ラブダブラー」三菱地所アルティアム/福岡
1995年 「ワールドシステム」スパイラル/東京
1994年 「オーヴァーザレインボウ」 P3 art and environment/東京
1993年 「インターディスコミュニケーション ワンナイト・エキシビジョン」レントゲン藝術研究所/東京

■八谷和彦の受賞歴
2002年 「The Hugo Boss Prize 2002」
1998年 「アルス・エレクトロニカ賞」ネット部門 準グランプリ(《ポストペット》)
1998年 「フィリップ モリス アート アワード 1998」(「エアボード」プロジェクト)
1997年 「’97 マルチメディアグランプリ」ネットワーク部門最優秀賞・通産大臣賞(《ポストペット》)
1997年 「アルス・エレクトロニカ賞」インタラクティヴアート部門 入賞(《見ることは信じること》)
1996年 「アルス・エレクトロニカ賞」インタラクティヴアート部門 入賞(《視聴覚交換マシン》)
1995年 「第4回ジャパンアートスカラシップ」グランプリ(《ワールドシステム》)
1995年 「名古屋国際ビエンナーレ アーテック ’95」入選(《視聴覚交換マシン》)
1993年 「’93 マルチメディアグランプリ」展示映像部門 奨励賞

八谷和彦のツイッターやインスタグラム

八谷和彦のツイッター
@hachiya

八谷和彦のフェイスブック
@hachiya.kazuhiko

八谷和彦の高校や大学など学歴は?

八谷和彦さんは地元の佐賀北高校から九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科に進学をしています。

八谷和彦の結婚した嫁は?子供はいる?

調査中
八谷和彦さんのプライベートについて調べられる範囲では結婚したかどうかを特定できるような有力な情報は見当たりませんでした。

八谷和彦の年収は?

八谷和彦さんは一体どのくらい稼いでいてどのくらいの年収があるんでしょうか?

メーヴェやエアボードといった作品に関しては、どちらかというと収益のことを考えず社会実験的な感覚で事業を行っているようですが、
やはり八谷和彦さんの年収を支えているのは「ポストペット」関連の事業ではないでしょうか。

ポストペットは単なるメールソフトから、今ではキャラクタービジネスへと変貌を遂げていて、
ポケモンほどではないにしても、ライセンスビジネスも手掛けているように見られます。

極端に儲かっているわけではなさそうですが、それでも年収は1000万円以上はあるとみてよいんじゃないでしょうか。

八谷和彦の本

ナウシカの飛行具、作ってみた 発想・制作・離陸—- メーヴェが飛ぶまでの10年間
なぜ、どのように、架空の一人乗り機“メーヴェ”を実現させたか。10年間をかけたプロジェクトの全容。最初は模型、次に実寸サイズの機体を制作し、ゴムで引っ張るグライダーでの飛行訓練を経て、ようやくジェットエンジンで飛翔するまで。

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