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林貢二の生い立ちや現在!秋葉原 耳かき店員殺人事件

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林貢二とは2009年に耳かきエステ店の従業員、江尻美保さん(当時21歳)と祖母の鈴木芳江さん(当時78歳)を殺害した秋葉原 耳かき店員殺人事件(新橋ストーカー殺人事件)の犯人。

■秋葉原耳かき小町殺人事件 ~私たちは「異常者」を裁けるか~

耳かき店で源氏名「まりな」として指名NO1だった江尻美保さんと祖母が、顧客であった林貢二に自宅で惨殺された事件は、裁判員裁判で裁かれ無期懲役で結審した。

江尻さんが残した事件までの1年半のブログと裁判記録から、なぜ犯人がストーカーと化したのか、事件は防げなかったのか、この判決と裁判は事件の核心をついたものなのか、その深層と真相の解明にミステリー作家・吉村達也が挑む。

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林貢二の秋葉原 耳かき店員殺人事件で判決は?

港区で昨年8月、耳かき店従業員江尻美保さん(当時21)と祖母の鈴木芳江さん(同78)を殺害したとして、殺人罪などに問われた林貢二被告42の論告求刑公判が25日午後、東京地裁(若園敦雄裁判長)であり、検察側は、

Photo_3「身勝手、残虐で、全く落ち度のない2人の命を奪った結果は重大」として、裁判員裁判で初の死刑を求刑。
26日から4日間の評議を経て、11月1日に判決が言い渡される予定。争点は刑の重さのみで、裁判員の量刑判断が注目される。

検察側は求刑に先立ち、死刑を選択する場合の基準として、1983年に最高裁が示した永山基準を説明。「裁判官、裁判員には健全な社会的常識に従って、極刑がやむを得ないかを判断してもらいたい」と述べた。

求刑の理由として、「動機は身勝手で自己中心的。極めて執拗、残虐な犯行で、計画性も認められる」と指摘。「被害者2人に落ち度はなく、遺族感情も峻烈で、社会に与えた影響は大きい」と厳しく非難した。

http://aramahosi.cocolog-nifty.com/asaborake/2010/10/post-08ec.html

東京地裁は、検察側の死刑求刑に対して、林貢二に無期懲役の判決を言い渡しています。

秋葉原 耳かき店員殺人事件(新橋ストーカー殺人事件)をきっかけに、『ライト風俗』という言葉も世間を賑わすことになりました。

耳かきエステや、若い女の子がマッサージを施してくれる店(指名制の店もある)などをはじめ、キャバクラなども『ライト風俗』のカテゴリーとされ、本格風俗とは違う、ギリギリの「触れ合い」をするお店のことを指す言葉として使われた時期もありました。

判決では裁判長は「(祖母の)鈴木芳江さんの殺害は極めて残虐で、芳江さんに落ち度はないが、計画性のない偶発的な犯行である」としたものの、無期懲役に留めたことから、いわゆる『永山基準』とは一線を画した、有り余るほどの情状酌量を含んでいたことから、当時はかなりの波紋を呼ぶことになりました。

林貢二の生い立ちや現在

秋葉原 耳かき店員殺人事件(新橋ストーカー殺人事件)で犠牲となった江尻美保さんは東京都秋葉原の耳かき専門店で働く、いわゆる耳かき嬢として働いていました。

勤務していた店舗でナンバー1の人気嬢であり、多い時は1ヶ月に65万円の収入を得ていたと言われています。

一方、林貢二は2008年2月からこの耳かき専門店に通い始め、江尻美保を指名し続けて少なくとも200万円以上を費やしていたことが分かっています。

江尻美保さんと店外で会うことを要求したとして店を出入禁止となり、その後、ストーカー行為をするようになります。

江尻美保さんが拒否を続けることで、林貢二の江尻美保さんに対する愛情が憎悪に変わり、江尻さんの自宅近くを何度もうろつくようになり、2009年8月3日、犯行に及びます。

林貢二は、あらかじめ果物ナイフ、包丁、ハンマーを準備して東京都港区にあった江尻美保さんの自宅に侵入。

居合わせた鈴木さんをハンマーで殴り、首をナイフで刺すなど失血死させたうえ、2階にいた江尻さんも別のナイフで刺殺したとされる。江尻さんは1カ月後に死亡した。

林貢二の秋葉原 耳かき店員殺人事件(新橋ストーカー殺人事件)公判では『被告は美保さん(被害者)に対して恋愛感情を抱いたかどうか』が一つの焦点となっていましたが、林貢二は一貫して否定。
好意は持っていたが、それは恋愛感情ではないと主張している。

林貢二は事件当時、千葉県鎌ケ谷市の配電関係会社に勤務し配電の設計を担当。勤続20年のベテラン。

事件のあった年に入って平日は休むことはなかったそうですが、7月31日、上司に事件当日の8月3日の休暇を申請しています。

同社幹部は「耳かき店に通っていたとは知らなかった。勤務態度はまじめで驚いている」と証言しています。

林貢二は、電気関係の専門学校を卒業後に設計関係の会社に就職。事件当時もそこで働いていました。肩書は設計主任です。
上司は、「黙々と仕事をこなし、人の嫌がる現場でも進んで仕事をしてくれる、まじめな人という印象」と証言しています。
酒が飲めないため、飲み会などではウーロン茶などを静かに飲んでいる人だったようです。(やはりストーカーは酒を飲まないようです。)
28歳から千葉市で一人暮らしをしています。結婚歴はなく独身です。女性との交際は乏しく、女性と付き合ったことはなかったようです。
26歳のころ膠原病を発症しており、再発の恐れがあるため、結婚は考えなくなったと証言しています。
林貢二は、事件当時は一千万円ほどの預金がありました。収入のほとんどを耳かき店につぎ込んでいましたので、生活費は預金を切り崩していたようです。
精神鑑定の結果、抑鬱反応は見られたが、精神状態に問題は認められませんでした。

母親の証言
林貢二の家族は両親と兄の4人です。林貢二の小中学校のころの成績は下の方で、高校に入ってからは、成績はさらに落ちたそうです。
28歳で就職していますが、父親がわがままな人で、『出て行け』ということになり、一人暮らしを始めたようです。
林貢二は、実家には年に1、2回帰っていたそうです。元旦には、たいてい午前中に来て、暗くなって夕飯を食べて帰ったそうです。
母親によれば、拘置所では、最初のころは何回行っても泣いており、話はできなかったそうです。
母親は、「父親がわがままな人で」と証言しています。家族関係に問題がありそうですが、詳しいことは分かりません。

引用:http://www.ab.auone-net.jp/~koinyawa/stalker.html

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