少年の日の思い出の主題・作者が伝えたいことは?

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『少年の日の思い出』は中学1年の国語の教科書に掲載されているヘルマン・ヘッセの物語。

読者に対して作者が伝えたかったこと・思いは何だったのでしょうか?主題は?

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少年の日の思い出の主題・作者が伝えたいことは?

『少年の日の思い出』はは、2つのまとまりに分かれています。

前半の客である友人が、語り手となって後半の物語が展開されます。

後半は、客の蝶に関する「不愉快な」「自分でけがしてしまった」思い出を、「僕」が主人公となり展開されるわけですが、それを前半の暗い描写が伏線となって暗示しています。

作者のヘルマン・ヘッセが伝えたかったことは何なのかというと、「学習指導書」では「二人の少年のものの見方、考え方、感じ方、生き方の違い」とされているようです。

僕のようにちょうを捕まえる「過程」を大切にしている人もいれば、エーミールのようにちょうを捕まえた「結果」を大切にしている人もいる。

この二人の少年の価値観には根本的にすれ違っているものがあるのに対して、人は相手を自分の枠組みの中でパターン化し、決めつけて理解しようとしがちです。

自分の価値観が時には偏見となって、相手の考えや心情を誤解してしまう危険があるということを知ってもらいたい、というのが作者が伝えたいこと・主題として挙げられそうです。

もしくは「自分で思い出をけがしてしまった」という記述が見られることから、少年時代の「僕」が友人の蝶を盗み,壊すという取り返しのつかないことをしたことに後悔をしている様子が伺えます。

これを作者が読者に伝えるように書き直せば,

「(盗みのような)人としてやってはいけない悪事をはたらくと,取り返しがつかない。人生の汚点としてずっと引きずっていくことになる。」

というのが作者の伝えたかったこと・主題として考えられそうです。

何故、「僕」は1番最後に集めた蝶を指で粉々にしてしまったのかというと、自分自身に対する自己嫌悪(二度と取り返しのつかないことをしてしまったこと)から、そんな自分と決別するために、自分の青春の象徴であり、大切な思い出でもあるちょうを一つ一つ粉々にしてしまったのではないかと思います。

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