永野一男(豊田商事事件)生い立ちは?最期は影武者で集めた2000億円のゆくえは?

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永野一男とは豊田商事事件で知られる人物で2000億円を超える巨額な詐欺事件の主要な人物の一人。

ただ被害者の関係者によってテレビ中継されている中で殺害されるという凄惨な最期を遂げています。

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永野一男(豊田商事事件)生い立ちは?最期

永野一男は1952年、岐阜県恵那市で生まれた。

父親が障害者だったこともあり、彼が幼少の頃から農業を営む祖父が一家を支えてきた。

ところが祖父が亡くなると、一家は困窮するようになり、永野が中学に入ったばかりの時、母親の実家の島根県に移った。

やがて、母親は新興宗教の熱烈な信者となり、近所に借金を重ね、島根を出た。

中学卒業後、集団就職で愛知県の日本電装仮谷工場に勤めたが、2年で退職。その後、消火器のセールス、不動産業、商品相場、金先物取引の会社を転々とした。

76年頃、永野一男は大垣競輪場で競輪客のうしろポケットから164万円入りの財布をスリとるという事件を起こしている。

ガードマンに取り押さえられ取調べを受けた際、永野一男は次のように話したという。

「俺は今まで何千万と競輪場に寄付している。競輪というのは基本的にゲームだ。スリとられる奴が悪い。スリとられるような人間は、自分の身を固めることについて弱い論理しか持っていなかったんだ」

■永野一男殺害までの経緯

午後4時半後、年配の薄茶色のブレザーの男と、まだ若い黒ずくめの服を着たパンチパーマの男がやって来た。警備員が名前と用件を尋ねると、年配の方が言った。

「名前なんかどうでもええ。鉄工所を経営しとるもんや。永野に会いたいんや。おまえら、ようこんな奴のガードしとるな。給料なんぼもろとるんや。俺のとこで犬にエサでもやっとけ。給料払ろたるで」

突然、男に毒づかれた親類の男性は「電話で聞いてみる」と言って階段を降りていき、警備員らもそれに続いた。

2人は「被害者6人から、もう金はいらんから、永野一男をぶっ殺せと頼まれてきたんや」と声を荒げ、年配の男が報道陣が使っていたパイプ椅子を持ち上げ、それで玄関のドアを叩き始めた。

だが、中にいる永野一男の応答はない。隣りではパンチパーマの方が数回窓のアルミサッシを蹴り、折れたサッシをはぎ取ると、窓を割って部屋に侵入した。

この間、2人の行動を止めようとした報道陣はいない。この光景はワイドショーで生中継されていた。

部屋の中では鞄から取り出していた銃剣を口に加えたパンチパーマ男が、「お前は死刑や」と永野一男の頭部を切りつけた。

血まみれになって逃げる永野一男をベッドルームに追い詰め、刃渡り40cmの旧陸軍のごんぼう剣で胸や腹など13ヶ所をメッタ突きにした。

報道陣たちは永野一男の悲鳴や「助けてくれ」という言葉が聞こえてきても、「今、中で大変なことが起こっております」とレポーターは中継し、誰も中に入っていこうとしなかった。

事件後、視聴者から「なぜ止めなかったのか」と抗議が殺到した。

やがて部屋の奥から、銃剣を持った年配の男が出てきた。返り血をあびており、「殺ってきた。俺が犯人や。警察を呼べ」と言って、再び部屋の中に入っていた。

侵入してから5分ほどの間の犯行だった。

数分たって、今度は2人が出てきて言った。

「これで死んどらんかったら、またやったる。87歳のボケ老人を騙しくさって、850万円も取った奴やからな。当然の報いじゃ」

「ほれ、これが永野一男や」

男は虫の息の永野一男の首に腕をかけて、窓際の寝室にまで引きずってきた。頭を割られ、血まみれの永野一男の姿に窓の外に控えたカメラマンたちは一斉にフラッシュをたいた。

2人はまもなく駆けつけた天満署員に殺人の現行犯で逮捕された。ブレザーを着た男は自営業の飯田篤郎(当時56歳)、パンチパーマの男は建築作業員・矢野正計(当時30歳)と言った。

飯田は殺害直後、報道陣に「人から頼まれたが、その人の名前は絶対に言えない」と話していたが、逮捕後は「豊田商事のやり方が気に入らないので、義憤にかられてやった」と供述。

永野一男は病院へ搬送後死亡。所持金は700円あまり、会社の金庫にも現金970万円と純金700gしか残されていなかった。

永野一男(豊田商事事件)の集めた2000億円のゆくえは?

「豊田商事事件」には不可解な点が数多くあります。

飯田篤郎と矢野正計の動機も「被害者に頼まれた」というモノですが、義心にかられたとしても、長い懲役を食らう可能性が高いリスクを負ってまで、個人的な恨みもない相手を殺害するものか?と疑問を感じる人は少なくありません。

本当は裏に会長の永野一男を操っていた黒幕がいるのではないかとの噂が根強く囁かれてきました。

つまり、永野一男を殺害して口を封じると同時に、マスコミに大々的に報じさせる事で、真相を知る者達に対して口を割らないように脅迫する意味もあったのではないかという事です

「豊田商事」から、大物政治家や宗教法人、暴力団組織へと詐取した金が流れていたのでは?との疑惑もあるようですが、何の証拠もないので想像の域を出ません。

豊田商事の社長が殺された時の所持金は700円しかなかったそうですが、破産時、売り上げの半分は従業員への給与の支払いと会社の運営資金に充て、残り半分は永野個人の先物取引での損失や会社としての事業の失敗により殆ど消えており、豊田商事には資産といえる資産は皆無だったとされています。

要するに使い果たしていたわけですから高給をもらっていた一部の社員だけが良い思いをしただけだと思います。

破産管財人によって資産の一部は回収されていますが2千億円の中のわずか100億円ですから単純に言えば20分の一が帰ってきたことになります。

当時、破産管財人を引き受けた中坊 公平(なかぼう こうへい)氏をはじめとするいわゆる中坊チームは豊田の資産を徹底的に洗い出し、高給を取っていた元社員のおさめた税金までも取り返しました。この100億円は被害者に支払うための貴重な財源となったことなどで有名になりました。

「悪から金を取り戻せ」~豊田商事事件・中坊公平チームの闘い ―男たちの飽くなき闘い プロジェクトX~挑戦者たち~

史上最悪の詐欺商法、豊田商事事件。 弁護士・中坊公平を中心に巨悪から奪われた金を取り返す史上例のない司法プロジェクトが結成された。「詐欺事件の被害回復は不可能に近い」という常識を覆し、100億円を超える金の奪回に成功した。

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