元高見山(渡辺大五郎)wiki現在|年齢は?家族(妻・娘)は?

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元高見山(渡辺大五郎)は史上初の外国人力士で、大関貴ノ花(現二子山親方)と共に人気低迷した大相撲を支えた元関脇。

高砂一門の東関部屋の親方も務めた元高見山(渡辺大五郎)さんの気になる家族など現在までのプロフィールをまとめています。

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元高見山(渡辺大五郎)wikiプロフィール

名前:渡辺大五郎

四股名:ジェシー→髙見山 大五郎

本名:ジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルア→渡辺大五郎

愛称:ジェシー

生年月日:1944年6月16日

年齢:79歳

出身地:アメリカ合衆国・ハワイ準州マウイ島

国籍:日本

身長:192cm

所属部屋:高砂部屋

得意技:突き、左四つ、寄り

元高見山(渡辺大五郎)の家族|嫁(妻)は?

元高見山(渡辺大五郎)は1974年に結婚しています。

結婚した妻(嫁)の名前は渡辺加寿江さん。

東京都出身の1948年生まれで年齢は2023年現在は75歳で元高見山(渡辺大五郎)とは4歳違いになりますね。

元高見山(渡辺大五郎)が関脇昇進後に籍を入れたようです。

元高見山(渡辺大五郎)の家族|子供(娘・息子)は?

元高見山(渡辺大五郎)と妻(嫁)の渡辺加寿江さんの間には子供が1人います。

1974年6月7日に生まれた男の子で名前は渡辺弓太郎さん。

スポーツマネジメント会社などを経て2003年にヤンキースの職員となり、球場の警備などを担当。2007年に井川慶の専任通訳に就任しています。

元高見山(渡辺大五郎)の現在までの経歴

元高見山(渡辺大五郎)は、1944年ハワイ州マウイ島生まれ。1963年に来日し、1964年に入門。1972年名古屋場所で、外国出身力士として初の幕内優勝を果たした。

元高見山(渡辺大五郎)は、得意の左四つや突き押しを武器に、大関清国や平幕北の湖らを次々と倒した。10日目で関脇貴ノ花に敗れて2敗となったが、トップの座を維持。大荒れとなった場所で、11日目からは5連勝。一気にチャンスをつかみ、13勝2敗で優勝を果たした。

元高見山(渡辺大五郎)の優勝は、当時の日本社会にとっても大きなニュースとなった。ニクソン米大統領から祝電が送られたほか、高見山はアメリカでテレビ番組に出演するなど、国際的な注目を集めた。

元高見山(渡辺大五郎)は、1977年に引退。その後は東関親方として、同郷の曙を横綱に育てるなど、角界の発展に貢献した。

元高見山(渡辺大五郎)の相撲デビューまでの経歴

元高見山(渡辺大五郎)の相撲デビューまでの経歴は非常に興味深いものでした。

元高見山(渡辺大五郎)は11人兄弟の末っ子として生まれ、父が早く亡くなり、貧しい家庭で育ちました。

しかも、6歳の時に重大な事故に遭い、足に大怪我を負ってしまったため、通常の運動ができない状態になりました。

しかし、高校に入学した際、アメリカンフットボール部の監督が元高見山(渡辺大五郎)の巨体に注目し、アメフト部に誘いました。

最初は走れないことから断りましたが、アメフトは走らない選手でもプレイできるスポーツであることを知り、挑戦することになりました。

その後、元高見山(渡辺大五郎)は自身の巨体を活かしてアメフトのプレーヤーとして成功を収めました。

アメフトをしているうちに、元高見山(渡辺大五郎)は足の強化と共にプレー能力も向上させ、ハワイで行われた日本の明治大学相撲部との交流試合を通じて相撲と出会うこととなりました。

相撲は元高見山(渡辺大五郎)にとって初めは恥ずかしいものでしたが、徐々にその強さに気付きました。

そして、明治大学相撲部の監督が元高見山(渡辺大五郎)を高砂部屋に勧誘し、その伝で高砂親方(元横綱前田山)に報告され、高見山の相撲道への第一歩が踏み出されました。

高砂親方はかつて横綱として活躍し、その後も海外に相撲を広めるために尽力していました。

彼はアメリカに渡り、大々的な相撲公演を行い、外国出身の力士たちを発掘する機会を得ました。

その中で、ハワイで力強いアメフト選手として活躍する元高見山(渡辺大五郎)の存在を知り、元高見山(渡辺大五郎)を日本の相撲界に引き入れることを決意しました。

元高見山(渡辺大五郎)は当初、廻しを着けることに抵抗がありましたが、大学生に取り押さえられて強引に廻しをつけられ、初めての相撲を取りました。

最初は硬かった動きも、緊張が解けると共に強さを発揮し、高砂親方の目に留まりました。

そして、昭和39年(1964年)に再度ハワイ巡業を行った際に、元高見山(渡辺大五郎)は日本に連れて帰られ、相撲界デビューを果たしました。

元高見山(渡辺大五郎)の相撲への転身は、彼の巨体と才能を活かし、後の高見山としての成功に繋がる重要なステップでした。

元高見山(渡辺大五郎)の成績

最高位:東関脇
生涯戦歴:812勝842敗22休(122場所)
幕内戦歴:683勝750敗22休(97場所)
優勝:幕内最高優勝1回
序二段優勝1回
序ノ口優勝1回
賞:殊勲賞6回
敢闘賞5回

まとめ:元高見山(渡辺大五郎)wiki現在|年齢は?家族(妻・娘)は?

1972年の名古屋場所で、ハワイ出身の平幕力士、高見山が快挙を成し遂げました。この快挙は、外国出身力士として初めての優勝で、その重要性は当時の米大統領からも祝電が送られるほどでした。高見山が名古屋場所で初優勝した瞬間は、日本相撲界にとって歴史的な瞬間となりました。

高見山は、ハワイから日本へと渡り、若干19歳で初めて相撲界に登場しました。その後、9年間の努力と精進の末、初優勝を果たしました。彼の力強い相撲と魅力的なキャラクターは多くのファンを魅了し、テレビCMにも出演するなど、一世を風靡しました。

彼は現役を引退した後も、日本相撲協会に残り、後進の指導にも尽力しました。特に、外国出身力士として初の横綱である曙を育てるなど、角界を盛り上げる役割を果たしました。

今日の大相撲は、日本国内だけでなく、世界中から多くの力士が集まる国際色豊かなスポーツとなりました。ハワイ、モンゴル、ジョージアなど、さまざまな国からの力士たちが競い合っています。高見山が切り開いた道は、多くの後輩力士たちにとっての道しるべとなり、その影響は今も続いています。

高見山さんは現在78歳になりましたが、相変わらず多くのファンからサインを求められることがあり、その人気は根強いものです。

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