薄井シンシアの夫など経歴をwiki調査!娘の薄井紗良がハーバードで子育て本

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薄井シンシアさんはバリバリのキャリアウーマンから専業主婦になったものの、娘の大学進学を機に社会復帰すると、再びキャリアを爆走。

現在は日本コカ・コーラで東京2020年オリンピックホスピタリティの責任者を務める薄井シンシアさんの気になるプロフィールをまとめています。

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薄井シンシアwikiプロフィール

名前:薄井シンシア

生年月日:1959年

出身:フィリピン

最終学歴:東京外国語大学

フィリピンの華僑の家に生まれ国費留学生として20歳で来日すると、大学卒業後は貿易会社に勤めます。

27歳で現在の夫と結婚して日本国籍を取得していますが、夫の最初の海外帯同が決まるまで仕事を続け、広告会社に勤務していた30歳で迎えた出産を機に専業主婦となっています。

結婚前のキャリアが物語っている通り、薄井シンシアさんは決して専業主婦を望んでいたわけではなく、むしろ、産後も復帰する気満々。

ところが「この子を社会性のある人間に育てる」事が“今”の自分の使命だ!!と直感したことから仕事を辞めて家庭に入ると17年間も専業主婦として生活しています。

20年以上にわたって海外で暮らした経験をベースに、47歳の時に夫の駐在帯同先のタイで”給食のおばちゃん”として仕事復帰。

働き口を探していたところ、娘が卒業したバンコクのインターナショナルスクールのカフェテリアで、子どもに食事指導をする係をしないかと誘われたそうです。

薄井シンシアの経歴

薄井シンシアさんは5回に及ぶ夫の海外勤務を経て、2011年に日本に帰国しますが、仕事を探しには苦労したそうです。

年齢が52歳だったことや、職歴の大半が専業主婦で直近の仕事と言えば、バンコクのカフェテリアでのアルバイト。

なんとか会員制クラブの電話受付のアルバイトを見つけて働いていたところ、バンコクのカフェテリアでの働きを知っていた人物(後のANAインターコンチネンタル東京ホテルの総支配人)から声がかかります。

ANAインターコンチネンタル東京の営業開発担当副支配人などを経て、シャングリ・ラ ホテル東京に勤務。

現在はNYU SPS東京(ニューヨーク大学プロフェッショナル教育東京)とコラボレーションして、専業主婦やシニアを対象にした観光業のコースを立ち上げる準備など、観光事業・教育事業に携わっています。

株式会社「Waris」の手掛ける育児・介護等を理由に離職中の元キャリア女性が、再就職するまでを支援することを目的としたサービス「Warisワークアゲイン」で顧問に就任し、
アメリカ商工会議所主催のオンラインイベントにゲストスピカーとして招かれています。

順風満帆のようですが、実際には薄井シンシアさんの人生はまさに波乱万丈です。

夫に帯同していった海外転勤でのリベリアでは、あまりにも日本と環境が違うことから軽くうつ気味になっていますし、
なかなか就職出来なかった。原因は二つ、年齢と履歴書の17年間のブランクだと思います。
電話受付のアルバイトでも、給料は安いうえに同僚は誰も強力をしてくれず四面楚歌の中、孤軍奮闘しています。

薄井シンシアの子育て本

薄井シンシアさんは20年近くも専業主婦をしていたわけですが、元キャリアウーマンだけあって、家事を合理的にやるなど徹底しています。

家事も一つの仕事ととらえ、手順をできる限りの効率化。

その日の気分で家事をさぼるのを防いでいるほか、ルーティン化することによって無駄なことは考える時間を省き、逆に他のことをやる余裕も生み出しています。

特筆すべきは、「1カ月の夕食の献立ケジュール」をあらかじめ考えておくことで、薄井シンシアさんは専業主婦の大きな悩みの一つである「今夜は何を作ろうか」なんてほとんど考えたことがないそうです。

結婚当初、家事が全くできないことから料理本を片手に特訓を重ねてレパートリーを増やすと、
月曜は豚肉、火曜は魚、水曜は牛肉……と曜日ごとにメイン食材を割り振って1ヵ月分の基本献立をあらかじめ決めていたそうです。

そんな薄井シンシアさんはこれまでに子育てに関する本を2冊出版しています

  • ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか ママ・シンシアの自力のつく子育て術33
  • 専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと

■ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか ママ・シンシアの自力のつく子育て術33

子育ては、泣いても笑っても18年の期間限定プロジェクト。「ゲーム化」「交渉術」「見える化」「即答の術」など、ありとあらゆる工夫を重ねて完成したシンシア流の「自力のつく」子育てを、マンガを交えて全公開します。

■専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと

専業主婦として17年間の子育てを終え、空の巣症候群に陥った著者は、誘われてバンコクの小学校のカフェテリアで”給食のおばちゃん”として働くことになった。約2500人の子供達が押しかけ、混乱をきわめるカフェテリアの現状をみて、著者は予算に合わせたレシピを開発し、子供達が整然と楽しく食事ができるように誘導していった。やがてそこは評判のカフェテリアになった。しかし、それは、長年、専業主婦として家族の献立を考え、子供を育ててきた著者にしてみれば、ごく当たり前のことだったのだ。「専業主婦はいかにマルチタスクの達人であることか」との確信を深めていく。その後、日本で電話受付のパート仕事を経て、ANAインターコンチネンタルホテル東京に入ると、3年で営業開発担当副支配人になる。そして現在は、5つ星のラグジュアリーホテルに勤務している。2016年12月に、朝日新聞「フロントランナー」で、「主婦ほどクリエーティブな仕事はない」と、著者が紹介されると大反響に。

薄井シンシアのツイッターやインスタグラム

薄井シンシアのツイッター
@usuicynthia

薄井シンシアのインスタグラム

薄井シンシアのフェイスブック

薄井シンシアの高校や大学など学歴は?

薄井シンシアさんの通っていた高校については学校名は明らかになっていないものの、大学は東京外国語大学を卒業しています。

薄井シンシアの夫は?

薄井シンシアさんの夫は外務省勤務の高級官僚です。

帯同した海外勤務先はs、

リベリア
ナイジェリア
ニューヨーク(アメリカ)
ウィーン(オーストリア)
バンコク(タイ)

アフリカ2回、アメリカ2回、ヨーロッパ1回、アジア1回の合計5カ国に渡り、
ナイジェリアは当時、危険な地域だったことから外出もできない状況だったので生きていくのも大変だったと話しています。

薄井シンシアの娘はハーバードの薄井紗良

薄井シンシアの娘はハーバード大学を卒業したことで知られる薄井紗良さんです。

高校卒業時にはアイビーリーグの3大学であるハーバード大学、プリンストン大学、イエール大学に合格したうえに、3大学のすべてで、授業料免除されるという秀才の中の秀才。

ただ、薄井シンシアさんは子育ての中で、娘に勉強を強制的にやらせていたわけではなく、あくまでも子供の自主性やし好に合わせて教育方針を考えていたと著書の中で語っています。

また、娘の進学では親のサポートも必須とだと考え、入学方法や入学費用、奨学金など、必要な情報はすべて集めて臨んだそうです。

薄井シンシアの娘はハーバード大学を卒業後、外資系金融機関の日本法人に勤務しましたが、その後、ハーバード・ロースクールに戻り弁護士資格を取得。

現在は米マサチューセッツ州最高裁長官の下で働いているそうです。

薄井シンシアの年収は?

薄井シンシアさんは給食のおばちゃんとして働いていた時には2億円くらいの売り上げを記録し、
ANAインターコンチネンタルホテル時代には要人相手の宿泊セールスとして、1億円を超える案件も手がけいたそうです。

これまで億単位のお金を扱ってきた経歴があり、現在は公演活動に加え著書も出版していることから、薄井シンシアさんの年収は1000万円を超えてることは間違いないでしょう。

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