ベッキーとコートニーのビデオレターが感動!骨肉腫で余命1年の15歳ママ

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余命1年の15歳のママ、ベッキー・ウィリアムソンは娘コートニーのために自分と娘の記録をビデオテープにおさめた。

病状が悪化する中ベッキーには娘の成長だけが生きる望みだった。2004年7月ベッキーは16歳の誕生日を迎えた。そしてその2ヶ月後にベッキーは16歳で他界した。

ベッキーが娘のコートニーに残したビデオレターは仰天ニュースでも紹介されました。

God Stole My Sister (Medical Documentary) | Real Stories
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ベッキーとコートニーのビデオレターが感動!骨肉腫で余命1年の15歳ママ

2001年イギリス・ノースヨークシャー州。そこに過酷な運命と闘った13歳の少女ベッキー・ウィリアムソンがいた。ベッキーは彼氏とデートを重ねるがケンカをして別れた。その直後、妊娠の兆候が現れた。ベッキーは妊娠を隠しながら生活をして3か月が過ぎた。

時が経つにつれお腹は大きくなっていった。ついに母親にバレて病院に行くと妊娠はすでに8ヶ月目に入っていた。ベッキーは赤ちゃんをしっかり産めないかもしれないことがつらかった。そしてベッキーの赤ちゃんを産みたいという思いを両親が受け止め2002年7月に無事女の子を出産した。娘はコートニーと名付けられた。そして1年半が過ぎた。

ベッキーは突然の膝の痛みを訴えた。そして精密検査が行われ骨肉腫と診断された。すぐに手術が行われ無事に成功。しかしその後の精密検査でガン細胞が肺に転移していて手術ができないことが家族に伝えられた。ベッキーの余命は1年。両親はすべてをベッキーに伝えた。

ベッキーは抗癌剤治療を積極的に受けた。副作用で髪が抜けるがコートニーのために諦めないと誓った。しかし体力は衰えていく。そしてベッキーはビデオテープに自分と娘の記録をおさめた。

13歳のベッキー・ウィリアムソンは1歳歳上の彼氏と交際していた期間に妊娠していたことが発覚。

彼氏や親にも言えず厚手の服を着てごまかしていたが、とうとう母親が妊娠に気づき全てを明かした頃には妊娠8ヶ月目に突入していた。

父親から「子どもが産まれたら弱音を吐いてはいけない」と諭されると、無事に女の子を出産。名前をコートニーと名付けます。

ベッキー・ウィリアムソンは子育てに励む日々を送っていましたが、ある時、膝に痛みを覚えると、膝の一部が大きく腫れ上がるように。

医者の診察を受けた結果、骨に発生して細胞を壊し腫れと痛みを伴う「骨肉腫」だと判明。

移転すれば死の可能性も高い骨のガンで、ベッキーの両親にはガンがすでに転移していることが告げられ余命1年と診断された。肺の腫瘍はもはや治療の施しようがない状態となっていました。

ベッキーの両親は病気の事をベッキーに打ち明けると、ベッキーはビデオカメラを用意し病気になった自分を撮影し続けた。

ビデオの録画時間は100時間以上

二人がかくれんぼをしたり、絵を描いたり、ダンスをしたりしている映像。

娘にマミーという言葉を教えたり、小さな娘の金色の髪を束ねて、笑いながらベッキーを決して離さないように抱きしめるベッキー・ウィリアムソンの姿など、
娘のコートニーと一緒に自分が育った浜辺に連れて行く映像などが残された。

病状は日に日に悪化していき、抗がん剤治療のため髪の毛を切ってもそれでも、ベッキー・ウィリアムソンは弱音は吐かず周囲には明るく接します。

ただ着実に病魔はベッキー・ウィリアムソンの体をむしばんでいきます。

2004年7月。余命宣告から1年以上が経過したが誕生日を迎えることができましたが、コートニーの成長を見ることができないことを嘆くベッキー・ウィリアムソン。

「”死ぬのは怖くないけど、人やコートニーを置き去りにするのが怖いの。”コートニーが大きくなって、会えなくなるのが怖いのよ」

そして16歳の誕生日を迎えた数日後、体調は急激に悪化。病院に向かう前に、コートニーと訪れた浜辺がコートニーとの最後の時間となりました。

亡くなる数日前に、ベッキーの病室にはコートニーの映像が流れ、ベッキーは最後にコートニーに「ママは天使になるの」とメッセージを残した。

ベッキーさんの死から10年、12歳となったコートニーさんは明るく活発な小学生で友達も大勢いる女の子に成長。

将来の夢は助産師と答えるコートニーさんはベッキーさんのビデオをみて母やキレイだと語っているそうです。

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