ちはやぶる神の斎垣にあらねどもなみのうへにもとりゐたちけり|現代語訳

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「ちはやぶる神の斎垣にあらねどもなみのうへにもとりゐたちけり」の現代語訳について

NHK大河ドラマ「光る君へ」の第6話「二人の才女」でまひろ(清少納言)に藤原道長から和歌「ちはやぶる神の斎垣(いがき)も越えぬべし 恋しき人のみまく欲しさに」が送られたとしていますがどんな意味になるんでしょうか?

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ちはやぶる神の斎垣にあらねどもなみのうへにもとりゐたちけり|現代語訳

「ちはやぶる神の斎垣にあらねどもなみのうへにもとりゐたちけり」の現代語訳は次の通りです。

「神の斎きまつる社ではないが波の上に鳥居(鳥が居)て飛び立った」

この和歌は、神社の「鳥居」が波の上に立って飛び立つ様子を表現しています。波の上に「鳥居」が立っている様子から、「とりゐ」(鳥がいる)という言葉が生まれています。

「ちはやぶる」は、「千早振る」や「激しく動く」という意味であり、「神の斎垣(いがき)」は神聖な場所を囲む垣根や結界を指しています。ここでは、超えがたい障壁や試練を表しています。

この和歌は、どんなに困難な障壁があろうとも、激しい情熱を持って愛する人に会いたい、その人のもとへと駆けつけたいという切なくも強い願望を表現しています。

伊勢物語の一節であり、返歌では、「恋しくは来ても見よかしちはやぶる神のいさむる道ならなくに」という文言があります。これは、神の道を激しく駆け抜けても、恋しい人に逢うことができないという切ない思いを表しています。

光る君|ちはやぶる神の斎垣にあらねどもなみのうへにもとりゐたちけり意味

NHK大河ドラマ「光る君へ」で藤原道長が「ちはやぶる神の斎垣(いがき)も越えぬべし 恋しき人のみまく欲しさに」という和歌を詠んだ心情を考察すると、やはり道長が愛する人に会いたいという強い思いを表現していると思われます。

“ちはやぶる”という言葉は、非常に速く、激しく動くことを指します。”神の斎垣”は神聖な場所を囲む垣根や結界を意味し、ここでは道長が超えがたい障壁や試練を表現しています。

道長はこの和歌で、自分がどんなに困難な障壁があろうとも、愛する人に会いたいという切なる思いを歌っているのでしょう

“斎垣も越えぬべし”という言葉は、神聖な垣根であっても、愛する人に会うためならば越えてしまいそうだという決意を示しています。

ちはやぶるの和歌

「ちはやぶる」から始まる和歌には次のようなものがあります。

■ちはやぶる神の齋垣(いがき)も越えぬべし 大宮人の見まくほしさに《伊勢物語71段》

■ちはやぶる金(かね)の岬を過ぎぬとも われは忘れじ志賀(しか)の皇神(すめかみ)《万葉集1230》

■ちはやぶる神の齋垣(いかき)も越えぬべし 今はわが名の惜しけくも無し《万葉集2663》

■ちはやぶる宇治の渡(わたり)に棹執りに 速(はや)けむ人し我が許(もと)に來(こ)む《古事記応神天皇条》

まとめ:ちはやぶる神の斎垣にあらねどもなみのうへにもとりゐたちけり|現代語訳

「ちはやぶる神の斎垣にあらねどもなみのうへにもとりゐたちけり」を現代語訳にすると、

「神聖な神様の領域をかこっている周囲の垣も越えてしまいそうです。宮廷からおいでになった方をみたくて(あなたとお逢いしたくて禁制を犯してしまいそうです。)」

斎垣=いがき
大宮人=おおみやびと

この和歌は、好きな人に会いたいという気持ちがとても強いことを歌っています。

例えると、神様のお住まいの場所を守る、高い壁があったとしても、それを乗り越えてでも会いたいという気持ちです。

波の上にも鳥居が建っているように、私の心もあなたに会いたいという気持ちでいっぱいになり、飛び立ってしまいそうです。

周りの目を気にしたり、自分の名前が汚れたりすることを恐れても、あなたに会いたいという気持ちの方が強いのです。

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