東風吹かば 意味・現代語訳|匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

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東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花、主無しとて、春を忘るな

の意味は?

菅原道真の和歌ですが現代語訳は?何区切れ?

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東風吹かば 意味・現代語訳|匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花、主無しとて、春を忘るな

の意味・現代語訳は

春の東風が吹いたら、また美しい花を咲かせておくれ、梅の花をよ。ご主人様がいなくても、春に花咲くのを忘れてくれるなよ。

学問の神様・菅原道真が大宰府に左遷されるとき、庭に咲く梅の木に別れを告げて歌ったうたという事です。

流罪になり帰る事が叶わないと、自分の身の上を嘆いて詠んだ歌のようです。

梅が好きだったそうで、天満宮に行くと梅がたくさん植えてあります。東風吹かばの句も立札に書いてあったりします。

区切れについては二句切れ説と三句切れ説があり、二句切れ説の方が有力のようです。

要するに「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花」「あるじなしとて春を忘るな」と読むか、「東風吹かば匂ひおこせよ」「梅の花あるじなしとて春を忘るな」と読むかの問題であって、「よ」が入っていても切れるとは限らないようです。

まとめ:東風吹かば 意味・現代語訳|匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

「東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花、主無しとて、春を忘るな」

意味を現代語訳すると、

”京から太宰府へ左遷される事になったが、春になったら主(自身)はいなくても、庭に咲く梅の花よ、その香りを、東風に載せて届けておくれ。”

梅の花は、菅原家の屋敷にあった紅梅・白梅であり、かつ菅原家の家紋も梅です

この和歌を詠んでから、わずか2年1ヵ月後の延喜三年(903年)二月二十五日、都に戻ることなく、また、離れた家族と会うこともなく、都より遠く離れた大宰府に於いて、59歳で薨去されます。

菅原道真の死から100年以上後に編纂された『拾遺和歌集』に載っている和歌なので、もしかしたら菅原道真自身の和歌ではない可能性もあります。

拾遺和歌集は、花山法皇が編集を命じて集められた歌集で、「花山法皇=朝廷公認のすぐれた和歌1300首」の一つに位置付けられます。

道真の場合は、生前からすぐれた歌人と認められており、死後すぐに編集された「古今和歌集」にも、百人一首に採用された「このたびは取りもあえず手向山」が載せられています。

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