東亜国内航空381便胴体着陸事故の機長・塚原俊夫の現在は?

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東亜国内航空381便胴体着陸事故はこれまでにテレビ番組で何度か紹介されたことがありますが、2020年にも「日本を変えた!あの重大事件の新事実2020▼緊迫の救出劇をドラマで再現 」という番組で紹介されました。

航空事故のおよそ8割は「クリティカル・イレブン・ミニッツ (魔の11分)」とも呼ばれる「離陸後の3分間」と「着陸前の8分間」の集中していますが、
東亜国内航空381便胴体着陸事故も、離陸直後に異常を発見するものの事故の原因は予想外のところにありました。

ちなみに、航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率はアメリカ国内の の航空会社だけを対象とした調査では0.000034%で、
アメリカ国内において自動車に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.03%なので、飛行機で死亡事故に遭遇する確率はその33分の1以下。

8200年間毎日無作為に選んだ航空機に乗って一度事故に遭うか遭わないかという確率に相当します。

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東亜国内航空381便胴体着陸事故の経緯

1979年7月21日8時38分ごろ、羽田空港を離陸した東亜国内航空381便は南紀白浜空港にむけて羽田を離陸。

離陸後に車輪を格納しようとした際、車輪格納(ギアアップ)を行うとと同時に消えるはずのランプ(脚位置指示灯)のうち左主脚のが再点灯。

ただこの時点ではコックピットからは車輪が見えないため状況の確認できず、また単に機器の故障の可能性も考えられたため、塚原利夫機長は念のためにレバー操作でギアダウンするように副操縦士に指示。

今度は機内からの目視、飛行中の他機からの目視により、左後輪は格納されたまま降りていないどころかギアの格納扉すら開いていないことが判明。

離陸から15分後の8時53分に機長は羽田管制塔に「引き返したい」と連絡をしましたが、羽田管制塔からは「房総半島沖で待機するように」という指示。

さらに、副操縦士が車輪を出すために何度もスイッチを操作してしまった結果、左後輪は格納部分からは乗客に聞こえるほどの大きな音が出て何かトラブルだろうか?と不安を与える結果を招いてしまいました。

東亜国内航空381便胴体着陸なるか?

10時58分、381便は羽田に引き返し羽田管制塔に緊急事態を宣言し羽田空港は一時閉鎖され、11時32分ごろに片脚のまま着陸を試みます。

前脚および右主脚のみで着陸を決行し、着陸そのものはスムーズではあったものの、速度が落ちると機体は脚のない左後方に大きく傾き、胴体を滑走路に激しく擦る半胴体着陸となります。

左翼が接地すると、381便は右に150度回転して、滑走路から少し外れてついに停止。

11時40分に着陸は成功し、機体は中破するも衝撃による火災も免れ。乗客乗員全員無傷で生還。

ちなみに右に回転したのは、コックピットから排水溝が見えたのでそこに車輪がハマってひっくり返るのを避けるための措置でした。

■東亜国内航空381便の概要
乗客数:67
乗員数:4
死傷者数:0
生存者数:71 (全員)
機種:日本航空機製造YS-11
機体記号:JA8656(あかし号)

東亜国内航空381便胴体着陸事故には由美かおるも搭乗

381便にはなんと当時28才の人気大物女優・女優の由美かおるさんも搭乗してました。

南紀白浜で行われる午後のステージのため偶然乗りあわせていて、着陸まで時間があったおkとから、羽田空港には着陸の瞬間を伝えるべく多数のマスコミが詰めかけ、当時はテレビでもリアルタイムで大々的に報じられまし亜t。

東亜国内航空381便胴体着陸事故の原因は?

東亜国内航空381便胴体着陸事故の原因は何だったのでしょうか?

その後の調査で、車輪の格納扉の上部機構部で異常が見つかります。

この扉が整備の際に組み立てる順番を間違えていて、
左後輪を格納する時のロックする部品「アップロックフック」に余計な負荷がかかり金属疲労を起こし折れて割れてしまっていました。

機体の整備不良でもなんでもない初歩的なミスが原因で、乗客乗員合わせtえ71名の命を危険にさらす結果を招きました。

東亜国内航空381便胴体着陸事故の機長・塚原俊夫の現在は?

東亜国内航空381便胴体着陸事故で機長を務めていたのは当時は25才で国内最年少で機長になった、経験5年目の塚原利夫さんです。

塚原利夫さんは、客室乗務員に「(乗客から)万一の時にはどうなるのか?と教えてほしい」と言われていると聞き、操縦を副操縦士に任せて客室の通路に立って状況を説明。

その後も乗客の不安を拭うために一人一人の質問を答えていくだけではなく、なんと乗客をコクピットに招き入れる異例中の異例の措置をします。

1979年当時は、緊急時にはすべての判断を機長にゆだねるという決まりがあったためそのようなことが可能だったことで、
乗客に機長ら乗務員は冷静でいることを見せることが狙いで、操縦を見せることで乗客に安心感を与えることが目的でした。

中にはコックピットからの眺めを写真に収めた乗客もいたそうですが、塚原利夫さんは着陸の際、「当機は片脚のまま胴体着陸を行います」とアナウンスをすると、
衝撃で機体が損傷する可能性があるため女性や子供を通路側へと移動させ、乗客をリラックスさせるために「ジェットコースターを1~2分楽しんでくさい」と気の利いたコメントも残しています。

ちなみに、塚原利夫機長は胴体着陸の原因となった381便の部品「アップロックフック」を今でも大切に持っているそうです。

■塚原利夫の経歴
生年月日:1949年1月19日
出身地:東京都
最終学歴:立教大学経済学部→南カリフォルニア大学ヒューマンファクター課程修了

日本航空インターナショナルで機長を務め、2009年1月末日に定年退職

その後は2010年3月末日まで特別運航乗務員として乗務し、
現在、有限会社日本ヒューマンファクター研究所 取締役副所長 兼 教育開発研究室長などを歴任しています。

日本における最長経験機長(機長経験 36年、総飛行時間 21.780時間)

■塚原利夫の職歴など
1998年 日本ヒューマンファクター研究所設立に参画。
日本人間工学会 会員
計測自動制御学会 会員
認知心理学会 会員
東海大学工学部 講師
防衛省 航空自衛隊飛行安全幹部課程 専任講師
海上自衛隊航空安全幹部課程 専任講師
海上自衛隊護衛艦隊司令部 安全講師
東京消防庁 ヒューマンファクター教育講師
日本水先人会連合会 安全研修講師
航空運航システム研究会理事
日本人間工学会 会員
航空自衛隊安全幹部課程講師
海上自衛隊航空集団、護衛艦隊司令部講師

■受賞歴
航空功労者 国土交通大臣表彰(2004年)
防衛省航空幕僚長 感謝状(2012年)

■著書
『機長の危機管理』共著(講談社)※1997年交通図書賞受賞
『そのとき機長は・生死の決断』共著(講談社)
『ヒューマンファクター』共著(中央労働災害防止協会)
『あなたは事故を起こさないか』共著(航空運航システム研究会編)
『災害・事故年鑑』共著(丸善)
『航空年鑑(航空機事故)』共著(日本航空協会)
『働く人の安全と健康』(中央労働災害防止協会)
『安全衛生のひろば』(中央労働災害防止協会)
『ヒューマンファクターへのアプローチ』(高圧ガス保安協会)
『品質とヒューマンファクター』(日科技連出版社)

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