北海道以外で気象庁が梅雨入りを発表しないのは?対馬、大東島、小笠原諸島#お天気検定

スポンサーリンク
0未分類

5月25日の「グッドモーニング」内のクイズ「お天気検定」で出題された問題は「北海道以外で気象庁が梅雨入りを発表しないのは?」でした。

スポンサーリンク

答え:北海道以外で気象庁が梅雨入りを発表しないのは?【お天気検定】

青:対馬
赤:大東島
緑:小笠原諸島

答え:小笠原諸島(緑)

小笠原に梅雨はありますか?
 小笠原諸島では5月中旬から6月上旬頃にかけての2、3週間程度、降水量が増え、日照時間が減る期間があります。しかし、この時期の小笠原諸島は太平洋高気圧の影響を強く受けるため、太平洋高気圧の動向によっては、そのような雨が多い期間がほとんど現れない年もあります。他の地方での梅雨の期間は6週間程度ですが、それらに比べて期間が短く、例年現れる現象でもないことから、気象庁では季節現象として扱いことは難しいと判断して、梅雨入り・梅雨明けの発表は行っていません。

https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq1.html

全国的に長雨が続く梅雨の中にあって、北海道と小笠原諸島には梅雨の期間がありません。
北海道の場合には梅雨前線はかかるものの、すでに勢力は弱まっているため、雨が少ない曇りがちの日が続きま す。

小笠原諸島の5月は、一時的に雨が降る程度です。6月は太平洋高気圧が張り出し、晴れが続くようになる のが理由です。

ただし北海道の南西部太平洋岸地域では、年によって「蝦夷梅雨」と呼ばれる肌寒くぐずついた時期が2週間程 度続くことがあります。

19世紀になると欧米の捕鯨船が寄港するようになった小笠原諸島は、文政10年(1827年)にイギリスが領有を宣言し、安政4年(1857年)にはペリーが寄港してハワイからの移民を首長に任命しています。

 万延元年(1861年)に徳川幕府は小笠原の領有を宣言、明治9年(1876年)に日本の領有が確定し、それまでの住人は日本の国籍を取得しています。

 つまり、明治時代からは日本領の東端は小笠原諸島でした。明治39年(1906年)に中央気象台が小笠原観測所を設置していますので、日本付近の気象を解明しつつあった大正時代、船舶からのデータが入手できないことから、天気図の東端は小笠原諸島でした。

 太平洋の船舶からの観測を即時的に入手し、天気図に書いて利用するようになったのは戦後になってからです。そして、次第に太平洋のことがわかるようになり、小笠原高気圧という名称に変わって、太平洋高気圧という名称が使われるようになりました。

https://news.yahoo.co.jp/byline/nyomurayo/20180629-00087367/
タイトルとURLをコピーしました